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「過去(良かった)今(ありがたい)未来(だから良くなる)」について【637】

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こんにちは、佐藤康行です。

真我瞑想【理論編】では、真我瞑想の目的と仕組みを解説します。

アメリカの心理学者で、カウンセリングの父と言われるカール・ロジャーズは、本当の自分に出会うことが、すべての人の根本的な欲求であると考えました。

ロジャーズは次のように述べています。

「心の底では、各人はこう問いかけている。

『本当のところ、私は誰なのだろう。
どういうふうに私は、あらゆる表面的な振舞いの背後に横たわる、
この本当の自分に接触することができるのだろうか。
どのように私自身になることができるのだろうか』と。」

つまり、「個人が達成したいと望む目標、個人が自覚的に、
そして無自覚的に追求する目的は、その人自身になることである」
(Carl Rogers, On Becoming a Person, London : Constable & Robinson, 2004, 1st.ed. 1967, p.108)とロジャーズは考えます。

ロジャーズは、生涯にわたって心理療法に従事するなかで、
膨大な人数の相談者と面談をしました。
その中で、受容と共感と傾聴を柱とするカウンセリングの基礎を築きました。

私も、この「人間の目標は自分自身になること」というロジャーズの考えに全面的に賛成します。

「自分自身になる」とは、本当の自分に出会い、本当の自分で生きること言い換えることができると思います。

このブログで解説する真我瞑想は、まさに本当の自分で生きるための効果的な
ツールです。真我瞑想の目的は、本当の自分で生きることなのです。

悟りの手法は発展が見られなかった~
昔の聖者たちは座禅(瞑想)をさせた
2013/10/04

昔の聖者たちは、悟りを開かせるためにひたすら座禅を組ませました。
それが悟りを開く一番の早道だと考えていたわけです。

今もなお、座禅に取り組んでいる人はたくさんいます。
しかし、現実に座禅を組んで一体どれだけの人が悟りを
開いたと言えるでしょうか?
現実を見た時に、まだまだ座禅と言う古来の方法は、
悟りを開くためには不完全だと言わざるを得ません。
何が欠けているかと一言で言うならば、その手法に進歩がないということです。
大昔のやり方をいまだに忠実に継承しているのです。

科学の世界がこれだけ進化しているのに比べ、なぜ精神世界が遅々として進化してこなかったのでしょうか。
教えるべき立場の人々が、知恵を絞るということを怠ってきたのではないかと思うくらいです。
本当は、悟りの追求に対しても、時代とともに進化して然るべきです。
もっと自由に考えるべきだと思います。

ちょうどそれは、東京から九州まで行くのに、「蒸気機関車で良い」といつまでも言っているようなものです。
特急電車ができて、新幹線ができて、飛行機ができていったように、精神の分野もどんどん進化していいはずなのです。
私は悟りの世界も、科学と同じように捉えています。
今私がやっている方法が今のところ最も早くて効果的な方法だと思っているから今の方法でやっているのですが、
さらに早くて効果的な方法があれば、そちらをすぐに実行するでしょう。
またそうあるべきだと思うのです。
座禅以外に悟りを開くための方法として、山に篭ったり、断食をしたり、滝に打たれたりといった難行苦行があります。
そういった難行苦行をすることによって、頭をはずさせようという狙いがあるのです。
確かにそれも一つの方法ではあるのです。

しかし、私は生命の悟りを得るのに、そんなに難しい修行をする必要はないとのです。
もっと軽やかに悟りを開くことはできます。
なぜ、心臓が動いているということを悟るのに、そんな難行が必要なのでしょうか?
修行して心臓を動かすのではありません。
心臓はもともと動いているのです。
道元も「全てが仏であるなら、この自分もまた仏であり、すでに自分が仏そのものであるなら
修行によって仏になると言うことはないはずだ。ならば、なぜ修行する必要があるのか」と言っています。
その通りなのです。

道元
(どうげん、正治2年1月2日(1200年1月19日)- 建長5年8月28日(1253年9月22日))は、鎌倉時代初期の禅僧。
日本における曹洞宗の開祖。
晩年に希玄という異称も用いた。
同宗旨では高祖と尊称される。
諡号は仏性伝燈国師、承陽大師。諱は希玄。
一般には道元禅師と呼ばれる。
徒(いたずら)に見性を追い求めず、坐禅している姿そのものが仏であり、
修行の中に悟りがあるという修証一等、只管打坐の禅を伝えた。
『正法眼蔵』は、和辻哲郎など西洋哲学の研究家からも注目を集めた。
ウイキペディアより

一【現成公按】
有名な冒頭巻だが、「悟上に得悟する」か、「迷中になお迷う」
かを迫られている気になってくる。
道元は、仏祖が迷悟を透脱した境涯で自在に遊んだことをもって
悟りとみなした。

それが
「仏道を習ふといふは自己を習うなり、自己を習ふといふは自己を忘るるなり」の名文句に集約される。

この世界を (諸法の)、ほとけの教えそのものであると見れば (佛法なる時節)、そこには迷いと悟りがあり、修行や生死や諸佛衆生といったものがあらわれます (すなはち迷悟あり、修行あり、生あり、死あり、諸佛あり、衆生あり)。もし世界のありさまやほとけの教え (萬法) といったものをともに私たちが意識しなくなれば (われにあらざる時節)、迷いはなくさとりもなく、諸仏もなく衆生なく、生滅すらないことがわかります。

仏道はもともと金持ちや貧乏といった世間の俗事 (豐儉) から抜け出すため (跳出) のものなので、そこには生滅も迷悟も衆生も仏も存在します。しかも俗事から抜け出したように見えても、花は惜しまれて散り、草は邪魔者あつかいされて枯れてゆくのみというのが現実の様子なのです。

自分で外面としての世界や仏についてあれこれ考えて (自己をはこびて萬法を) それを明らかにしようとする (修證する) ことは迷いです、むしろ世界のあり方やほとけという考え方を利用して (萬法すすみて) 自分の内面を解き明かすことが (自己を修證する) さとりなのです。迷いの在りかたをよく理解している (迷を大悟する) のは仏であり、逆にさとりを求めて迷ってしまう (悟に大迷) のが衆生です。さらにさとった上にもう一段の理解 (悟上に得悟) をする人 (漢) もいれば、迷いの中でさらに右往左往している (迷中又迷) 人も (漢) います。仏がまさしく仏であるときは、自分は仏であると意識しないけれど (自己は佛なりと覺知することをもちゐず)。そうであっても仏のありさまは明らかになっているので (證佛なり)、仏の功徳を実践できる人ということになります (佛を證しもてゆく)。

感覚を意識しながら (身心を擧して) 風景を見たり (色を見取し)、感覚に注意しながら (身心を擧して) 音を聞いてみると (聲を聽取するに)、よく見えたりよく聞こえたり (したしく會取) はするけども、かがみに姿を映す (影をやどす) ようなものではなく、水面に月が映っているようなものでもなく、一方がはっきりとしていればもう一方はぼんやりとしています。

ほとけのありさまを知ることは (佛道をならふといふは)、自分の内面を観察することであり (自己をならふ也)。内面を観察するというのは (自己をならふといふは)、自分という意識をなくすことであり (自己をわするるなり)、自分がないということは (自己をわするるといふは)、世界やほとけの教えといった外にあるものが内面にあるほとけの本体をあきらかにすることであり。ほとけが明らかにされれば、そのとき自分という意識やそれ以外のすべての存在は (自己の身心および他己の身心) きれいに抜け落ちてしまうでしょう (脱落せしむるなり)。そこにはさとりの足跡が残る (悟迹の) しずかな場所があり (休歇なるあり)、そのしずかな場所にある (休歇なる) さとりの足跡を (悟迹を) 長く保つようにすることが大切なのです (長長出ならしむ)。

人が、はじめてほとけの教え (法) を求めるとき、ほとけの居る場所から離れてはいません (離却せり)。ほとけの教えが (法) すでに自分に正しく伝わっているときは (おのれに正傳するとき)、即座にその人がほとけとなります (すみやかに本分人なり)。

人が舟に乗って行くとき、目で岸の動きを追ってみれば、岸が移動していると間違えてしまうでしょう。逆に船に注目すれば (目をしたしく舟につくれば)、船が進んでいるのを知るように、からだやこころといった想いが混乱して (身心を亂想して) からだやこころを含めた外側の世界 (萬法) が存在するとして説明すると (辨肯するには)、自分のこころや自分の本質 (自心自性) がいつも変わらず存在する (常住なる) かと間違ってしまいます。もし禅堂で行李とともに修行し (したしくして) 箇裏で生活や仕事をすれば (歸すれば)、すべてのものが (萬法) 自分の内にないことがはっきりするでしょう (われにあらぬ道理あきらけし)。

たきぎは灰となるけれど、そのあとたき木にもどることはありません。こんな様子を、灰があと、たきぎは先と見てはいけません。知るべきです、たき木はたき木のありかた (法位) として存在し (住して)、先きがありあとがあり。前後ありといへども、前後は断絶 (際斷) されています。灰は灰のありかた (法位) として存在し、あとがあり先があるのです。かのたき木は火となってそのあと、さらに薪にはもどらないように、人が死んだあと、さらに生きることはありません。そんな様子を、生の死になると言わないのは、仏法で決まっている習慣のようなものです。こんなわけで生まれていない (不生) と言い。死が生にもどらないのは、教えの車輪 (法輪) として決められたほとけの言い伝えで (佛轉)。このために不滅と言われます。生も一時の位であり、死も一時の位です。たとへば、冬と春のように。冬が春となると思わず、春が夏になると言わないようなものです。

人がさとりを得るというのは、水面に月が映っている (やどる) ようなもので。月は水に濡れず、水面に波も立たず (やぶれず)。月は広くて大きな光ではあるけれど、一尺や一寸の水にも映るし (やどり)、月のすべてや空のすべても (全月も彌天も)、草の露に映り、わずか一滴の水にも映ります。さとりが人のこころを静めることは (人をやぶらざる事)、月が水面に穴を開けて水底に映ったりしないようなもので (うがたざるがごとし)。人とさとりの間に網を張って妨げるものがないのは (さとりを罫礙せざること)、草葉につく水滴 (滴露) が他のものに遮られることなく月を映す (天月を罫礙せざる) ようなものです。深いということは大きな容量 (分量) をもつことでもあり、時間の (時節の) 長短は、大きな器の水を小さな器の水に計りながら流し込むことですから、たとえば天にある月が大きく見えたり小さく見えたりする仕組みをこれで説明 (辨取) するとよいでしょう。

身心にほとけの教え (法) がいまだ飽きるほど身についていないときは (參飽せざるには)、自分では法がすでに充分身についたと勘違いします (たれりとおぼゆ)。法がもし本当に充分身について理解もできれば (身心に充足すれば)、逆にもう少し物足りないと感じることでしょう (ひとかたはたらずとおぼゆるなり)。たとえば、船に乗って陸の見えない大海原に出て (山なき海中にいでて) 四方を見渡してみれば、海はただ円く見えるだけで (まろにのみみゆ)、さらにそれ以上の変わったものが見えるわけではありません (ことなる相みゆることなし)。そうではあるけれど、この大海は円い形にはあらず、四角 (方) でもなく、見えない残りの海の部分にどんな恵み (のこれる海徳) があるかまですべてわかるわけではありません (つくすべからざるなり)。その恵みは宮殿であるかもしれないし、宝石 (瓔珞) であるかもしれなくて、それでもわたしの目に見える範囲は、とりあえず円く見えているだけなのです。これと同じように、目に見える世界 (萬法) もまたそうであって。ちっぽけなものや並外れているもの (塵中格外)、それぞれに性質をあらわしているけれども (おほく樣子を帶せりといへども)、修行で身につけた観察力 (參學眼力) のおよぶ範囲でしか見抜いたり真理を会得したりすることができません (見取會取するなり)。すべての世界の説法を (萬法の家風を) 聴くためには、世界は円か四角 (方圓) と見るだけでなく、それ以外にも際限がないほどの世界とその恵みが連なっていて (のこりの海徳山徳おほくきはまりなく)、無数の世界が存在することをしるべきです (よもの世界あることをしるべし)。そしてこうした例はひとつだけではなく (かたはらのみかくのごとくあるにあらず)、自分の足元にも (直下) 一粒の水滴にもこんな無数の世界があると知るべきでしょう。

魚が水の中を泳ぐとき、泳いでいても水のなくなる境目を意識することはなく (ゆけども水のきはなく)、鳥が空を飛ぶときも、飛んでいて空がなくなる境目を意識することはありません (とぶといへどもそらのきはなし)。そうであっても魚鳥は、いまだにむかしから住んでいる水や空をはなれません。水空を広く使いたい (只用大) ときは大きく使い (使大なり)。あまり必要がなければ (要小) 少しだけ使います (使小なり)。こんなようにして、それぞれが (頭頭に) 水や空の果てまで行ってない (邊際をつくさず) わけではなく、水空のいろいろな場所 (處處) にまだ行ったことがない (踏翻せず) わけでもないけれど、鳥がもし空を跳びだせばたちまちに死ぬでしょうし、魚も水を跳びだせば同じことです。水を命のもととは知らず空を命のもとと知ることもないからで (以水爲命しりぬべし、以空爲命しりぬべし)。これは鳥も魚も命そのものである (以鳥爲命以魚爲命)。または命が鳥であり魚でもなる (以命爲鳥以命爲魚)。という風に言い換えることもできます (このほかさらに進歩あるべし)。考えて明らかにするとすれば (修證あり)、ほとけやわたしたちの間がらというのは (その壽者命者あること) 、こんなようなことなのです (かくのごとし)。

そんなわけで (しかあるを)、水や空の果てにある境目に行き着いたあと (水をきはめ、そらをきはめてのち)、さらにその向こう側へ行こうと思う (水そらをゆかんと擬する) 鳥や魚がいたとしても、水にも空にも道を得ることができず、その居場所すらないことを知るはずです (ところをうべからず)。このりくつを理解すれば (このところをうれば)、禅堂の修行に (この行李) したがって真理がすがたをあらわし。この方法を身につければ (このみちをうれば)、禅堂の生活がそのまま真理となるでしょう。この方法やりくつは (このみち、このところ)、大きくもなく小さくもなく、自分でもなければ他者でもないし、昔からあるわけでなく、いま現れたわけでもないので、このような言い方となります (かくのごとくあるなり)。

このように (しかあるがごとく)、人がもし仏道を勉強してこれをあきらかにするとすれば (修證するに)、一つの法だけを得、一つの道だけに通じ、一つの法だけに出逢い、一つの法だけを理解することになります (得一法、通一法なり、遇一行、修一行なり)。これはこころの中のある場所であり (これにところあり)、そこへ行く道を良く知れば (みち通達せるによりて)、世界の端にあるまだ知られていない領域というのは (しらるるきはのしるからざるは)、この場所であることがわかり (しることの)、そこは仏法の窮まって尽きることのない真理 (究盡) と同じ場所でもあり (同生し)、同じはたらきをする (同參する) こともわかるでしょう (ゆゑにしかあるなり)。ここで得たものは (得處) かならず自分の理解となり (自己の知見となりて)、知識として知らなくても習う必要がなくなります (慮知にしられんずるとならふことなかれ)。もうこれ以上証明する必要のないほとけが即座にあらわれるとはいえ (證究すみやかに現成すといへども)、そのほとけは (密有) かならずしも目の前に現れるわけではなく (現成にあらず)、ほとけを見ることができる (見成) というそのことが必要なのです (これ何必なり)。

麻浴山宝徹禪師が、扇を使っているところに (あふぎをつかふちなみに)、僧がやって来て問う、
「風や空気の性質というのは常にここにあって、しかもその存在する場所もなければ、周りめぐることもないと言われています。和尚はどんなわけで扇をあおがれているのでしょうか? 」 (風性常住無處不周なり、なにをもてかさらに和尚あふぎをつかふ。)
宝徹師がいわく、「あなたはただ風性常住の意味がわかるだけで、(風性常住をしれりとも)、いまだところとしていたらずといふことなき、の意味を知りませんね (道理をしらずと)。」
僧いはく「これ無處不周底の道理とはどんなものでしょうか? (いかならんか)。」
ときに宝徹師、扇をあおるのみ (あふぎをつかふのみなり)。
僧、禮拜す。

仏法をあきらかにしてそれを調べ (佛法の證驗)、仏の教えを正しく伝える方法を探すのは (正傳の活路)、宝徹禅師の教えのようなものです (それかくのごとし)。風性がそこにあるなら扇であおぐ必要はなく (常住なればあふぎをつかふべからず)、扇がなくても風の音に耳を傾ければよいではないかというのは (つかはぬをりもかぜをきくべきといふは)、いつもある (常住) という意味を知らないし、ほとけが持つ空気の性質 (風性) をも知らないからです。ほとけというのは (風性は) 常にここにいる (常住なる) ために、ほとけを体現するものの (佛家の) 説法は (風は)、大地を黄金色に輝かせ (現成せしめ)、長江の発酵乳をおいしい味に変えるようなはたらきがあるのです (長河の蘇酪を參熟せり)。

正法眼藏見成公案第一

これは天元年中秋のころ、かきて鎭西の俗弟子楊光秀にあたふ。

建長壬子拾勒

二【摩訶般若波羅蜜】
『正法眼蔵』は般若心経を意識している。
しかし道元は「色即是空・空即是色」をあえて解体して、「色是色なり、空是空なり」とした。
『正法眼蔵』はあらゆる重要仏典の再編集装置であるといってもいい。

観音さまが (觀自在菩薩)、 智慧を使って彼岸を見る修行をしながら深く没頭していたとき (行深般若波羅蜜多時)、その全身の光で照らして見た (渾身の照見) 五蘊ごうんはすべて意識から切り離すことができることを知りました (五蘊皆空)。五蘊というのは現象世界と、それを感受するこころ、想うこころ、実行するこころ、認識するこころから成り立っています (色受想行識なり)、それには般若の面のように五枚の顔があり、それに光を当てて照らして見ることは智慧でもあります (照見これ般若なり)。この教えの大事なところが (宗旨) 説法としてじっさいに示されるときこう言われます (開演現成するにいはく)、現象世界は意識とつながっておらず (色即是空なり)、逆に世界を意識してそれとつながることもでき (空即是色なり)、意識は世界そのものとして現実に存在し (色是色なり)、世界と切り離されたこころもそれだけでまた存在することができるのです (空即空なり)、無数の風景があり (百草なり)、あらゆる事象が存在しているということなのです (萬象なり)。

十二枚の般若があり (般若波羅蜜)、これは眼・耳・鼻・舌・身・意の六根と、色・声・香・味・触・法の六境であわせて十二となります (十二入)。また十八枚の般若というものもあり、十二入に (眼耳鼻舌身意、色聲香味觸法)、眼耳鼻舌身意識等の六つをさらに加えたものです。また四枚の般若というものもあり、これは苦集滅道となり、また六枚の般若もあって、それは布施、淨戒、安忍、進、靜慮、般若となります。また一枚の般若波羅蜜ならば、それは今この目の前にあり (而今現成)、それはさとり (阿耨多羅三藐三菩提) とも言い、また般若波羅蜜が三枚あって、過去現在未來となり、また般若が六枚あれば、地水火風空識であり、さらにまた四枚の般若は、世の常に行はれる、行住坐臥であります。

お釈迦さまの弟子の中にひとりの僧侶がいて、ひそかにこんな風に考えていました。わたしは般若波羅蜜多という智慧のその奥深いところを敬い礼を尽くそうと思います。この智慧の中に世界が (諸法) が生滅してるのを見ることはできないけれども、それでも戒を守り、定を維持し、知慧を知り、またこの世の意識から抜け出し、その抜け出た状態から智慧を見るという別の方法 (施設可得) を使うことができます。またすべての認識を断ち (預流果)、その場所に行ってみたり (一來果)、この現世感覚にもどってこないようにしたり (不還果)、さとりを身につけた人となる (阿羅漢果) ように修行を設定 (施設可得) することもできます。またたったひとりでさとりを知る (獨覺菩提) ことも可能だし (施設可得)、またはほとけと同等のさとりを (無上正等菩提) 知ることもでき (施設可得)、またほとけと法とすぐれた僧侶を師とすることも (佛法僧宝) よいでしょう (施設可得)、または世界が存在し、生き物が活動している様子を見て (轉妙法輪度有情類) それを理解することもできるのです、と。

お釈迦さまは弟子のその考えを知って、こう言いました 「そうそう、まったくそのとおり。般若波羅蜜の奥深い智慧は、微妙であり、この世の知識ではなかなか測ることができないものです。」

(道元注) このような (而今) 弟子の考えは (一必蒭の竊作念)、この世のありさまを (諸法) 注意深く観察する (敬禮) ことで、生滅が消えた状態となり (雖無生滅の般若)、これに敬禮と名ずけたようで、このまさに敬禮の状態となったそのとき (正當敬禮時)、すみやかに智慧の仮のすがたがあらわれます (ちなみに施設可得の般若現成せり)。いわゆる戒律そのものや定のこころの状態、深い智慧、またはいのちのありさまといったもので、これに無と名ずけ、その仮のすがたとしての無は、このようにして得ることができ、これが奥深く微妙でしかも測りがたい (甚深微妙難測) 般若波羅蜜というものなのです。

天帝釋が、具壽善現に問うていわく、
「大徳よ、もし菩薩やさらにもっとすばらしいものたちが、甚深般若波羅蜜多を学ぼうと思ったら、どうすればよいのだろうか。」

善現が答えていわく、「橋尸迦 (天帝釈の前世の名前) よ、もしそのようなものたちが (菩薩摩訶薩)、甚深般若波羅蜜多を学ぼうと思うのなら、まさに虚空のように学ぶべきでしょう。」

(道元注) そうであれば、こころの奥深くにある智慧 (般若) を学ぶことがこの虚空というものであり、虚空の状態を理解すれば、それがまたこの智慧を学んでいることにもなるのです。

天帝釈はまたあらたまってお釈迦様に言います。世尊よ、もし善男子善女人たちが、いまここで話をしている甚深般若波羅蜜多について、それを受け継ぎ自分のものとし繰り返し読み、その理に従って考え、他のもののためにそれを説法するのであれば、わたしはまさにこれをどうやって守護すべきでしょう。ただ願はくは世尊よ、慈悲をもってご教示ください。

そのとき具壽善現が天帝釈に向かってこう言いました、橋尸迦よ、おまえはその法を守護する必要が有るとは見ないのか。

天帝釈がいわく、そうです大徳よ、わたしはこの法に守護すべき必要があるとは見えません。

善現が言う、橋尸迦よ、もし善男子善女人たちが、それを守る必要がないと知れば、それがそのまま甚深般若波羅蜜多を守ることになるし。もし善男子善女人たちが、世間で言われるようにそれを大切に守ろうとすれば、逆に甚深般若波羅蜜多は常に遠離しないことになってしまいます。まさに知るべきでしょう、一切の人であり人でないものたちが、甚深般若波羅蜜多をなにかのきっかけとして求め、損や害にならないように利用しようと欲せば、結局最後までそれを得ることができないのです。

橋尸迦よ、もしそれを守護しようと欲するならば、世間で言われるようにそれを守ればよいでしょう。甚深般若波羅蜜多と諸菩薩はすこしも異なることがなく、守護しようと欲することはそのまま虚空となることでもあるのです。

(道元注) しるべきです、法を受け継いでそれについて考えること (受持讀誦如理思惟)、これがすなはち般若を守護することになり。守護したければそれは受持読誦やその他いろいろなやり方になるのです。

天童山の如浄禅師がいわく、
(その風鈴は) 全身が口のようなもので、しかも虚空に引っかかっていて、
東西南北どこからの風でもよく音がなり、
自然やその他いろいなものと般若の智慧についてを談じています。
その音はチリンチリンと鳴っていて・・。

(道元注) これがほとけとともに代々伝わってきた智慧の本体です (談般若)。全身が般若であり、他のものが般若であり、自分が般若であり、東西南北が般若なのです。

お釈迦さまが言う、舍利子よ、これらもろもろの生きているものたちは、この般若波羅蜜多にたいして、ほとけがそこにいるかのように供養し礼を尽くし敬うべきです。般若波羅蜜多を思惟することは、まさにほとけを供養し礼敬するようなもので、そうする理由というのは、般若波羅蜜多は、ほとけとちがわないものであり、逆にほとけも般若波羅蜜多とちがわないものだからであり、般若波羅蜜多は即ちこれほとけそのもので、ほとけもまたすなわち般若波羅蜜多そのものなのです。

なぜそうなるかと言えば、舍利子よ、一切の如來應正等覺といった感覚のようなものは、みな般若波羅蜜多の智慧から出現することを得るわけであり、舍利子よ、一切の菩薩摩訶薩、独覺、阿羅漢、不還、一來、預流などといった修行の段階も、それらはみな般若波羅蜜多によりて出現することを得るということであって、舍利子よ、一切世間の十善業道、四靜慮、四無色定、五通といったこころやこの世の側面も、またみな般若波羅蜜多によって出現することができるものなのです。

(道元注) そういうことであるならば、ほとけは (佛薄伽梵) 智慧でもあり (般若波羅蜜多)、般若波羅蜜多は目に映る世界そのもの (是諸法) でもあります。この目の前の世界は中身が空っぽであるという側面も持っていて (諸法は空相なり)、現れたこともなく滅ぶこともなく (不生不滅)、きれいでも汚れてもいないし (不垢不淨)、増えたり減ったりすることもありません (不増不減)。この般若波羅蜜多の智慧が目の前に現れることは (現成) ほとけが現れることでもあります (佛薄伽梵の現成)。ぜひこの問題に取り組んでそれを身につけてください (問取すべし、參取すべし)。その智慧に供養し礼を尽くし敬意をはらうことは、これこそがほとけに (佛薄伽梵) あいまみえ、その真意を受け継ぐことであり、じっさいに出会ってみることこそが、ほとけそのものであると言ってもよいでしょう (奉覲承事の佛薄伽梵なり)。

正法眼藏摩訶般若波羅蜜第二

爾時天元年夏安居日在觀音導利院示衆
元二年甲辰春三月廿一日侍越宇吉峰舍侍司書寫之 懷弉

三【仏性】

四【身心学道】

五【即心是仏】

六【行仏威儀】

七【一顆明珠】
39歳のときの1巻。
道元の好きな「尽十方世界是一顆明珠」にちなんでいる。
よく知られる説教「親友に譲るものは最も大切な明珠であるべきだ」というくだりは、仏典の各所にも名高い。

八【心不可得】

お釈迦さまはこう言いました(釋牟尼佛言)、

過去を感じる心は得られず、現在を感じる心も得られず、
未来を感じる心も得られません。
(過去心不可得、現在心不可得、未來心不可得。)

これがお釈迦さまの行きついた考えで、不可得という言葉は、過去現在未來を閉じ込めるために洞窟や籠を持って来たようなもの。とは言っても、それは自分の中に最初からある籠を持って来たということです。いわゆる自分の中(自家)と言うのは、心を得ることができない状態があり、そのため今ここで思量分別していても、心を得ることができないものはあります。一日二十四時間全身にあらわれるもの、これが心を得ることができないというものです。仏と呼ばれるものがやって来れば、心を得ることができないことがなにかを理解し、いまだ仏がやってこないのならば、心を得ることができないものに(それがなにか)聞くこともありません。道もわからないし、見聞することもありません。経典講釈師や学者の連中、まだ入り口にいるような連中は(聲聞覺のたぐひ)、まだ夢を見ていてそれを見てはいないのです。

そのあらわれた話は近くにあり、いはゆる徳山宣鑑禅師が、そのころ金剛般若經を完全に理解したと自分で称していて、または自分で周金剛王などと名乗っていました。とくに龍疏と呼ばれる注釈を得意と言っていて、さらに十二かつぎもの書籍を撰集していて、肩を並べる講釈師は他にいないという勢いです。そうであっても文字解釈の坊さんの流れの人です。あるとき、南方に代々相承されたこの上ない仏法があると聞いて、腹立ちまぎれに我慢できず、経典の注釈書を抱えて山や川を渡りそこへ向かいます。たまたまそこに龍潭の信禅師という寺があると聞き、そこで議論してみたいと向かいますが、その途中で休憩をしていると、そこに老婆がやって来て、徳山よりも路の側に休憩します。これを見た徳山は老婆に聞きます 「あなたはなにをしている人ですか? 」

老婆は言います「わたしは餅を買ってきた、ただの老婆だよ 」
徳山は言います 「わたしのために餅を売って貰えませんか? 」
婆 「和尚は餅を買ってどうするのかね? 」
徳山 「餅を買っておやつに(點心)しようかと」
婆 「和尚がそこに持っているものはなにかね? 」
徳山 「あなたは知らないでしょうけど、わたしは自分のことを周金剛王と言っていて、金剛經の解釈が得意なんですよ。解らないところはまずなくて、わたしがいま携えているのは、金剛經の解釈本です 」

徳山がそういうのを聞いて、老婆が言います 「この老婆に一つ質問があるけれど、和尚はこれを許すかどうか? 」
徳山 「許しますよ、あなたの心のままに質問してください 」
婆 「わたしが以前に金剛經を聞いたときにはこう言っていて、過去心不可得、現在心不可得、未來心不可得とありました。いまこのうちどの心で、その餅をこころに食べさせる(點ぜん)のでしょうか? 和尚がもし道にかなった答えをできれば、餅を売るけど、和尚がもし道にかなった答えをできないならば、餅は売らないよ 」

徳山はこれを聞いて茫然としてしまい、なにも答えることができません。老婆はすぐに袖をさっと払って行ってしまい、結局餅を徳山には売りませんでした。

恨むべきでしょうか、数百軸もあるお釈迦さまの言葉、数十年にもわたる勉強の講釈師が、たかがよれよれの婆さんの一つの質問を受けただけで、あっという間に負け犬のようになってしまい、答えを見つけられないこと。正師を見ただけなのと正師について正しく教えを受け継ぐのと、正法を聞いたことがあるのと、いまだ正法を聞かないし正法を見たことがないのは、かなりな違いがありそのために、こうなるもののようです。

徳山はこのときはじめて言います、絵に描いた餅で、飢えをしのぐことはできないと。 いまは龍潭和尚の法を継いでいると称しています。

つらつらこの老婆と徳山との問答の意味を考えれば、徳山がこれ以前にわかったと思うことは、この話にあるようなことで(答えられない程度でしかない)。龍潭和尚に出会った後も、なお老婆を恐れることでしょう。このことは勉強を始めてから後で気がついたようなもので、証明の必要もない古仏というわけでもなく、老婆がそのとき徳山の口をふさいだとしても、本当にその古仏だっかはよくわかりません。その理由は、心不可得の言葉を聞いて、心は得られないし、心はあるはずがないからとだけ思って、こんなように質問したのかもしれません。徳山がもしよくわかった人ならば、老婆の意図を見破る力をあらわし、すでに見破っているのならば、その老婆が本物の古仏のような人である道理もあらわれたことでしょう。徳山がいまだ(後の)徳山でないのならば、老婆が古仏であるかどうかもいまだわからないということです。

現在の南宋にいる禅僧たちは、よくわからないまま徳山が答えられないことを笑い、老婆のふしぎな鋭さ(靈利)を誉めているのは、やや頼りないし、おろかなことです。そのわけは、老婆を疑ってみる理由もないわけではなく、いはゆるその時はまだ徳山は道を得てはいないので、老婆はなぜ徳山に向かって、和尚はまだ道がなにかわかっていないと言わないのか。さらに老婆に聞きたいのは、老婆は逆に徳山和尚のために(道について)なにか言うべきです。

もしこのように言えば、徳山もまた質問を返し、徳山に向かって道とはこういうものであると言うならば、老婆こそほんものの古仏のような人であることがわかったでしょうに。徳山がたとえなにか問うことができたとしても、いまだ道に至っていないし、むかしからいまだ一語も道について理解していないのに古仏その人であると言う言い方はあり得ません。無駄に自分が道を理解した人であると自称しても、結局はこの徳山のようになるだけなのです。いまだ道がどこにあるか解らないものに厳しくあたるのは、この老婆の様子を見て知ることでしょう。 ためしにわたくし道元が徳山のかわりに言うとすれば老婆がまさにそのように質問するならば、、徳山は老婆に向かってこう言うべきで、「それなら餅を買うのもやめましょう (恁麼則莫與吾賣餠) 」と。もし徳山がこのように言うことができれば、良くできた答えとなることでしょう。

老婆にもし徳山が逆に質問したとして 「現在心不可得、過去心不可得、未來心不可得。いま餅をどの心に食べさせるのか? 」

こんなように聞いてみたら、老婆は徳山に向かって言うべきで 和尚はただ餅の心を食べることはできないとだけ知っていて、心の餅を食べることを知らないし、心を心にそなへて食べさせるようなことも知らないのです 」

このように言えば徳山はきっと固まってしまい、まさにその時、もちひ三枚を徳山に手渡しすべきです。徳山がそれを手にとろうとしたまさにその時、老婆は言うべきで 「過去心不可得、現在心不可得、未來心不可得 」と。

もしまた徳山がその伸ばす手を躊躇するならば、餠を手に持ってそれで徳山を打って言うべきで 「それでは魂のない屍、ぼーっとしていてはいけません (無魂屍子、莫茫然) 」と。

このように言ったとして、徳山はなにか言うことがあれば良いのですが、もしなにも言うことがないのなら、老婆はさらに徳山のために言うべきです。ただ袖を打ち払って去ることは、袖の中に蜂がいるとも思われず(痛烈な皮肉がある)。徳山も自分は言うことができないし、老婆も自分のためになにか言ってくださいとも言いません。そうであれば、言うべきときに言わないだけでなく、質問すべき時にも質問することができない、同情すべきことなのです。

老婆と徳山の、過去心、未來心、現在心、を質問したり道を探ったりすることは、未來の心がまだ得られないということだけです

おおよそ徳山はそれより後も、さしたるアイデアがあるようにも見えないし、ただ粗雑なふるまいが伝わるのみです。もし長いあいだ龍潭和尚を訪ねて教えを請わなければ、頭に生えた龍の角が折れることもなかったでしょうし、龍の首の玉を正しく伝えられるチャンスもなかったでしょう。わずかにローソクの消えた後の闇を見る(吹滅紙燭)だけでは、仏の明かりを伝えるには不足なのです。

そうであれば修行にやってくる雲水は、かならず学ぶことに励まなくてはいけないし、カンタンにわかるものは仏ではないし、学ぶことに励めばそれが仏です。おおざっぱに言えば心不可得というのは、絵に描いた餅一枚を手に入れて、一口で噛み砕くことを言います

正法眼藏第八

爾時仁治二年辛丑夏安居于雍州宇治郡觀音導利興聖寶林寺示衆 (このとき1241年かのとうしの年、夏休みに京都宇治にある宝林寺にてみなのものに示します)

九【古仏心】



【大悟】
いったい何が悟りかと、仏教に遠い者も近い者も、それをばかり訊ねたがる。
しかし道元は、「仏祖は大悟の辺際を跳出し、大悟は仏祖より向上に跳出する面目なり」と言ってのけた。
これでわからなければ、二度と悟りなどという言葉を口にしないほうがいいという意味である。

  
十一【坐禅儀】

十二【坐禅箴】

十三【海印三昧】

十四【空華】
ここは世阿弥の「離見の見」を思い出せるところ。
道元はそれを「離却」といった。

十五【光明】
ここにも「尽十方界無一人不是自己」が出てくる。
尽十方界に一人としてこれ自己なるざるなし、である。
華厳は十方に理事の法界を見たのだが、道元は十方に無数の自己の法界を見た。

十六【行持】
「いま」こそを問題にする。
「行持のいまは自己に去来出入するにあらず。
 いまといふ道は、行持よりさきにあるにはあらず。
 行持現成するをいまといふ」
さらに道元は
「ひとり明窓に坐する。たとひ一知半解なくとも、無為の絶学なり、これ行持なるべし」とも書いた。

十七【恁麼】
「いんも」と訓む。
「そのような、そのように、どのように」というようなまことに不埒で曖昧な言葉だ。
これを道元はあえて乱発した。
「恁麼なるに、無端に発心するものあり」というように。
また「おどろくべからずといふ恁麼あるなり」というふうに。

十八【観音】

十九【古鏡】

二十【有時】
道元はつねに「無相の自己」を想定していた。
その無相の自己が有るところが有時である。

  
二一【授記】

二二【全機】

二三【都機】
ツキと読む、月である。
「諸月の円成すること、前三々のみにあらず、後三々のみにあらず」
道元は法身は水中の月の如しと見た。

二四【画餅】
「もし画は実にあらずといはば、万法みな実にあらず。
万法みな実にあらずば仏法も実にあらず。
仏法もし実になるには、画餅すなわち実なるべし」という、絶対的肯定観が披瀝される。

二五【渓声山色】
前段に「香巌撃竹」(きょうげんきゃくちく)、後段に「霊雲桃花」を配した絶妙な章だ。
百丈の弟子の香巌は師が亡くなったので兄弟子の為山(イはさんずい偏)を尋ねるのだが、そこで、「お前が学んできたものはここではいらない。
父母未生已前に当たって何かを言ってみよ」と言われて、愕然とする。
何も答えられないので、何かヒントがほしいと頼んだが、兄弟子は「教えることを惜しみはしないが、そうすればお前はいつか私や自分を恨むだろう」と突っぱねた。
そのまま悄然として庵を結んで竹を植えて暮らしていたところ、ある日、掃除をしているうちに小石が竹に当たって激しい音をたてた。
ハッとして香巌は水浴して禅院に向かって祈った。
これが禅林に有名な香巌の撃竹である。
「霊雲桃花」では、その竹が花になる。

二六【仏向上事】

二七【夢中説夢】

二八【礼拝得髄】
41歳のころの執筆。
きわめて独創的な女性論・悪人論・童子論になっている。
7歳の童子に対しても何かを伝えたいなら礼をもってするべきだというのだ。

二九【山水経】
曰く、「而今の山水は古仏の道、現成なり」「空劫已前の消息なるがゆゑに、而今の活計なり」「朕兆未萌の自己なるがゆゑに、現成の透脱なり」
これ以上の何を付け加えるべきか。

三十【看経】

  
三一【諸悪莫作】
ふつう仏教では「諸悪莫作」を「諸悪、作(な)す莫(なか)れ」と読む。
道元はこれを「諸悪作ることなし」と読んだ。
もともと道元は漢文を勝手に自分流に編集して読み下す名人なのだが、この解読はとりわけ画期的だった。
諸悪など作れっこないと言ったのだ。

三二【伝衣】

三三【道得】
禅はしばしば「不立文字」「以心伝心」といわれるが、それにひっかかってはいけない。
言葉にならずに何がわかるか、というのが道元なのだ。
それを「道得」という。
道とは「言う」という意味である。

三四【仏教】
「仏心といふは仏の眼精なり、破木なり、諸法なり」と、3段に解く。
道元の得意の編集だ。
そのうえで「仏教といふは万像森羅なり」とまとめた。
ここには十二因縁も説く。

三五【神通】

三六【阿羅漢】

三七【春秋】
しばしば引かれる説法だ。
暑さや寒さから逃れるにはどうしたらいいかという愚問に、正面きって暑いときは暑さになり、寒いときは寒さになれと教えた。
絶対的相対性なのである。

三八【葛藤】
かつてここを読んで愕然とした。
「葛藤をもて葛藤に嗣続することを知らんや」のところに刮目させられたのだ。
煩悩をもって煩悩を切断し、葛藤をもって葛藤を截断するのが仏性というもので、だからこそ仏教とは、葛藤をもって葛藤を継ぐものだというのである!
三九【嗣書】

四十【栢樹子】

  
四一【三界唯心】

四二【説心説性】
心性を説く。
しかしそこは道元で、一本の棒を持たせて、その棒をも持ったとき、縦にしたとき、横にしたとき、放したとき、それぞれを説心説性として自覚せよとした。
そこを「性は澄湛にして、相は遷移する」とも綴った。

四三【諸法実相】

四四【仏道】

四五【密語】
密語とは何げない言葉のことをいう。
その微妙に隠れるところの意味がわからずには、仏心などとうてい見えてはこないということ。

四六【無情説法】

四七【仏経】

四八【法性】
道元は37歳で興聖寺をおこしたが、比叡山から睨まれていた。
そこで波多野義重の助力によって越前に本拠を移す。
そして44歳のとき、この1巻を綴った。
「人喫飯、飯喫人」
人が飯を食えば、飯は人を食うというのだ。
飯を食わねば人ではいられぬが、人が人でいられるのは飯のせいではない。
飯を食えば飯に食われるだけである。
道元はこれを書いて越前に立脚した。

四九【陀羅尼】
ここは陀羅尼の意味を説明するのだが、それを道元は前巻につづけて、寺づくりは「あるがままの造作」でやるべきこと、それこそが陀羅尼だということである。

五十【洗面】

五一【面授】
いったい何を教えとして受け取るか。
結局はそれが問題なのである。
いかに師が偉大であろうと、接した者がバカチョンになることのほうが多いのは当然なのだ。
しかし面授は僅かな微妙によって成就もするし失敗もする。
道元は問う、
諸君は愛惜すべきものと護持すべきものを勘違いしているのではないか。

五二【仏祖】

五三【梅花】
「老梅樹、はなはだ無端なり」
老いた老梅が一気に花を咲かせることがある。
疲れた者が一挙に活性を取り戻すことがある。
「雪裏の梅花只一枝なり」
道元は釈迦が入滅するときに雪中に梅花一枝が咲いた例をあげ、
その一花が咲こうとすることが百花繚乱なのだということを言う。
すでにここには唐木順三が驚いた道元による「冬の発見」もあった。

五四【洗浄】

五五【十方】

五六【見仏】
自身を透脱するから見仏がある。
「法師に親近する」とはそのことだ。
相手を好きになるときに自身を解き、相手に好かれるときに禅定に入る。

五七【遍参】
仏教一般では「遍参」は遍歴修行のことをいう。
しかし道元は自己遍参をこそ勧めた。
そこに遍参から「同参」への跳躍がある。

五八【眼晴】

五九【家常」
六十【三十七品菩提分法】

  
六一【竜吟】
あるときに僧が問うた、「枯木は竜吟を奏でるでしょうか」
師が言った、「わが仏道では髑髏が大いなる法を説いておる」

六二【祖師西来意】

六三【発菩提心】
越前に移った道元はいよいよ永平寺を構えるという事業に乗り出した。
その心得をここに綴っている。
そしてその事業の出発点を「障壁瓦礫、古仏の心」というふうに肝に銘じた。
そこにあるものを寄せ集めた初心を忘れるなということだ。

六四【優曇華】

六五【如来全身】

六六【三昧王三昧】
仏教が最も本来の三昧とする自受用三昧のことである。
道元は三昧を一種としないで、つねに多種化した。

六七【転法輪】

六八【大修行】

六九【自証三昧】
ここにも岩田慶治が好んだ「遍参自己」が出てくる。
【遍参知識は遍参自己なり」と。

七十【虚空】

七一【鉢盂】

七二【安居】

七三【他心通】

七四【王索仙陀婆】
寛元4年(1249)、大仏寺は日本国越前永平寺となった。
開寺にあたって道元は寺衆に言った、「紙衣ばかりでもその日の命を養へば、
是の上に望むことなし」と。

七五【出家】
道元は53歳の8月に入滅した。
遺偈は「五十四年、第一天を照らし、趺跳(ふちょう)を打箇して大千を触破す。
噫、渾身もとむる処なく、活きながら黄泉に陥つ」というものだった。
知命立命心地よい風景より

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